初期伊万里の古窯跡のひとつ百間窯からの発掘の香合である。十三代今右衛門の30歳前後の頃、考古学の第一人者・三上次男先生の発掘の手伝いとして写真撮影などをしていた。その頃の十三代は、鍋島や古伊万里の精巧さに反感を持っていたが、初期伊万里の陶片を初めて目にし、こんなざっくりとした、土くさい磁器が有田にあったのかと衝撃を受けた。
それから、十三代は初期伊万里に傾倒し、ついには、鍋島の世界に初期伊万里の雰囲気を取り入れられないか試行錯誤の末、吹墨・薄墨の技法に行きつくのである。
また、自身の作陶と同時に、窯跡の保護を有田町や佐賀県に要望するが、なかなか聞き入れてもらえず、自身、町の教育委員となり、強くうったえ続けたということである。しかし、当時なかなか保護してもらえなかったため、窯跡の表面採集の陶片を蒐集した。
また、この香合と同時期に造られたと思われる伝世品の香合も蒐集している。青磁の色がもっと鮮やかである。青磁は、薪の窯で焼成すると、還元炎焼成の少しの火の違いで同じ窯内でも様々な発色をする。この二点を見るとそのことが感じられる。
(文・14代今泉今右衛門)
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