「墨はじき」とは、江戸期から鍋島ではよく使われた白抜きの技法である。技法の手順としては、まず墨で文様を描き、その上を染付で塗る。すると墨に入っている膠分が撥水剤の役目をし、墨で描いた部分が染付の絵具をはじく。その後、素焼の窯で焼くと墨が焼き飛び白抜きの文様が現われるという、染織のろうけつとよく似た技法である。
鍋島ではこの「墨はじき」による白抜きは、主文様を引き立たせるための脇役の表現方法という目的を感じさせてくれる。「墨はじき」によって描かれた個所は、染付の線描きされた個所と比べるとやさしい控えめな印象を与える。鍋島ではその特性を最大限に生かすために、この「墨はじき」が主文様の背景に使われることが多い。染付で描いてもよさそうなところを、あえて一手間二手間かけて、主文様を引き立たせるために「墨はじき」の技法を使い描く、鍋島らしい神経の遣い方である。私はこの控えめではあるが、白抜きの奥深い魅力に惹かれ、背景を描くだけでなく、主文様の部分にも取り入れ作品に生かす努力をしている。
鍋島の制作に携わっていく中で、このような目に見えない心配りを随所に見ることが出来る。目に見えるところに神経を遣うのは当然のことであるが、鍋島の世界では、このような、「墨はじき」の技法のような、目にみえない所に、神経と手間を惜しまない、何かこの感覚が鍋島の"高い品格"と"高い格調"を醸し出す要因になっているような気がするのである。鍋島ではこの「墨はじき」の技法を含め、格調高い木盃型の形状、気品高い柞灰釉、高い高台、櫛目などの高台書き、表書きに匹敵する程の裏書き、緊張感のある筆致、斬新且つ精巧な構図など、それら一つ一つの細かい神経と手間の集合によって、世界に類を見ない最高の色絵磁器が創り出されている。
私は昨年2月、14代今右衛門を襲名し、鍋島の代々の仕事を継承していく中で鍋島の品格と格調をいかに守り創出するかを今後の目標とする覚悟である。その中で、この「墨はじき」のような、目に見えないところへの神経と手間を大事にすることをひとつの信念として取り組んでいきたいと思っている。